ヘルムート・フォン・モルトケ (大モルトケ)とは?
へるむーとふぉんもるとけ
ヘルムート・フォン・モルトケ(大モルトケ)は、19世紀プロイセン・ドイツの参謀総長として普墺戦争・普仏戦争を勝利に導いた、近代軍事戦略の父と称される軍人です。
ヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ(1800〜1891年)は、プロイセン王国およびドイツ帝国の元帥・参謀総長です。後に同名の甥(小モルトケ)と区別するため、大モルトケと呼ばれます。
モルトケは1857年からプロイセン参謀総長に就任し、近代的な参謀制度と作戦計画の体系を確立しました。彼の軍事思想の核心は、「分散前進・集中決戦」の原則、鉄道・電信などの新技術の戦略的活用、そして現場指揮官の判断を重視する「訓令戦術(アウフトラクスタクティク)」にあります。
主な軍事的業績は以下のとおりです。
- 普墺戦争(1866年):ケーニヒグレーツの戦いでオーストリア軍を圧倒
- 普仏戦争(1870〜71年):スダンの戦いでナポレオン3世率いるフランス軍を包囲・降伏させ、ドイツ帝国成立に貢献
モルトケの参謀制度と戦略思想は、その後の欧州各国が採用した近代軍事組織のモデルとなり、第一次世界大戦以降の軍事戦略にも深い影響を与えました。軍事史・戦略研究において最も重要な人物のひとりです。
使い方・例文
「モルトケ(大モルトケ)の名は、参謀制度の歴史や19世紀プロイセンの戦争を解説する書籍・授業で必ず取り上げられる」といった文脈で使われます。
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