フレグとは?
ふれぐ
フレグはモンゴル帝国の王族で、チンギス・カンの孫にあたり、イルハン国(フレグ・ウルス)の建国者として中東の歴史に大きな影響を与えた人物です。
フレグ(Hülegü、漢字表記:旭烈兀、1218年頃〜1265年)は、モンゴル帝国第2代大ハンであるオゴデイの甥にあたり、チンギス・カンの孫の一人です。兄にはクビライ・カン(後の元の初代皇帝)とモンケ・カンがいます。
フレグは兄のモンケ・カンの命を受け、西アジアの征服を指揮する遠征軍の総司令官に任じられました。1256年にはイランのニザール派イスマーイール教団(「暗殺教団」とも呼ばれる)の本拠地アラムートを陥落させ、1258年にはアッバース朝の都バグダードを包囲・陥落させました。このバグダード攻略は、500年以上続いたアッバース朝カリフ制を終焉させた歴史的事件として知られています。
その後フレグはイランを中心とする地域に定住し、イルハン国(イル・ハン国)を建国して初代イル・ハンとなりました。イルハン国はペルシア文化を受容し、後にイスラム教を国教とするなど、中東の文化・政治に大きな足跡を残しました。
使い方・例文
「中世イスラム世界の歴史を調べると、フレグによるバグダード攻略が転換点として頻繁に登場する。」
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