オゴデイとは?
おごでい
オゴデイとは、モンゴル帝国の第2代大ハーンで、チンギス・ハーンの三男として帝国の基盤を整備し、ヨーロッパへの大遠征を指揮した人物です。
オゴデイ(1186年〜1241年)は、チンギス・ハーンとその正妃ボルテの間に生まれた三男です。父の遺命により1229年に大ハーンの位を継承し、モンゴル帝国の最高指導者となりました。
オゴデイの治世は帝国の対外拡張と内政整備の両面で大きな成果を上げました。内政面では、首都カラコルムを建設し、駅伝制(ジャムチ)を整備して広大な領土の通信・輸送を効率化しました。また税制の統一や行政機構の整備にも着手しています。
対外面では金朝(中国北部)を1234年に滅ぼし、さらにバトゥとスブタイを指揮官とする西方遠征(モンゴルのヨーロッパ侵攻)を開始しました。この遠征隊は1241年のレグニツァの戦い・モヒの戦いでポーランド・ハンガリー連合軍を壊滅させ、西ヨーロッパに迫りました。
しかし1241年末にオゴデイが急死すると、後継者選定のため遠征軍は引き返し、ヨーロッパはモンゴルの支配を免れました。オゴデイは大酒家として知られ、その飲酒が早死にの一因ともいわれています。彼の死はモンゴル帝国の西進を事実上止めた歴史的分岐点となりました。
使い方・例文
「オゴデイの急死がなければ西ヨーロッパもモンゴルに制圧されていた可能性がある」と、世界史の仮説的議論でよく引き合いに出される人物です。
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