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フリードリヒ・カール・フォン・プロイセンとは?

ふりーどりひかーるふぉんぷろいせん

リードリヒ・カールフォン・プロイセンは、19世紀プロイセン王国の王族出身の陸軍元帥で、普墺戦争・普仏戦争において卓越した指揮を発揮した将軍です。

リードリヒ・カールフォンプロセン(Friedrich Karl von Preußen、1828〜1885年)は、プロイセン国王リードリヒ・ヴィルヘルム3世の孫にあたる王族で、陸軍元帥の称号を持つ軍人です。「赤い王子(Roter Prinz)」の異名は、彼が好んで着用した赤い騎兵の軍服に由来します。

フリードリヒ・カールは若くから軍務に就き、1848年の革命や対デンマーク戦争(1864年)を経て実戦経験を積みました。1866年の普墺戦争(プロイセン=オーストリア戦争)では第一軍を指揮し、ケーニヒグレーツの戦いで決定的な勝利を収めるうえで重要な役割を果たしました。

1870〜71年の普仏戦争では第二軍を率い、マルス=ラ=トゥール・グラヴロット・サン=プリヴァの戦いなど主要な会戦で活躍しました。またメスを包囲してフランス軍主力の一部を無力化し、フランスの敗北を決定づけました。その後もパリ南方のロワール方面での作戦を指揮し、フランスの組織的抵抗を封じ込めました。

ドイツ統一後はドイツ帝国陸軍の中枢を担い、軍の近代化にも貢献しました。彼はモルトケ参謀総長とともに、19世紀後半のプロイセン・ドイツ軍の黄金期を代表する指揮官の一人として位置づけられています。

使い方・例文

プロイセンの統一戦争(1864・1866・1870〜71年)や19世紀ヨーロッパの軍事史を調べると、フリードリヒ・カール・フォン・プロイセンの名が各会戦の記録に登場します。

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