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フランツ・ヨーゼフ・ラデツキーとは?

ふらんつよーぜふらでつきー

フランツ・ヨーゼフ・ラデツキーとは、オーストリア帝国の名将で、高齢になっても精力的に指揮を執り続け、ヨハン・シュトラウス1世の行進曲「ラデツキー行進曲」で広く名を知られる軍人です。

ヨハン・ヨーゼフ・ヴェンツェル・アントンフランツ・カール、ラデツキーフォン・ラデツ伯爵(1766〜1858年)は、オーストリア帝国の陸軍元帥です。ボヘミア(現チェコ)の貴族の家に生まれ、18歳で軍に入りました。以後、ナポレオン戦争、イタリア独立運動への対応など、オーストリア帝国が関わった数多くの戦争で活躍しました。

ラデツキーが最も高く評価されるのは、1848年のイタリア革命(リソルジメント)への対応です。当時80歳を超えていたにもかかわらず、北イタリアに駐留するオーストリア軍の司令官として反乱を鎮圧しました。クストッツァの戦い(1848年)やノヴァーラの戦い(1849年)でサルデーニャ王国軍を破り、オーストリアの北イタリア支配を維持することに成功しました。

その卓越した指揮能力と不屈の精神は兵士たちに広く敬われ、1848年にヨハン・シュトラウス1世が「ラデツキー行進曲」を作曲して彼の勝利を称えました。この曲は現在もウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの定番として世界中で演奏されており、ラデツキーの名を後世に伝え続けています。彼は91歳で亡くなるまで現役軍人として活動を続けました。

使い方・例文

毎年元日に放送されるウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでアンコール曲として演奏される「ラデツキー行進曲」の由来を調べると、フランツ・ヨーゼフ・ラデツキーの名前が登場します。

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