フォティオス1世とは?
ふぉてぃおすいっせい
フォティオス1世とは、9世紀のコンスタンティノープル総主教で、東西教会の分裂に深く関わった人物です。
フォティオス1世(Photios I、820年頃〜893年頃)は、ビザンティン帝国時代の著名な神学者・学者であり、コンスタンティノープル総主教を務めた人物です。学識の深さから「フォティオス大王」とも称されます。
858年、皇帝ミカエル3世の支持を受けて総主教の座に就きましたが、前任者イグナティオスの支持者との対立が生じ、ローマ教皇ニコラウス1世はフォティオスの叙任を認めませんでした。この対立は「フォティオスの分裂」と呼ばれ、後の東西教会大分裂(1054年)の遠因ともなりました。
867年に一度は失脚したものの、877年に総主教に復帰しました。フォティオスは神学的にも重要な主張を行い、とりわけ聖霊の発出に関して西方教会が採用した「フィリオクエ(子からも)」条項に反対したことで有名です。
また学術面では古典ギリシャ語文献の収集・保存に尽力し、『ビブリオテーケー(図書目録)』をはじめとする著作を残しました。これらは古代の文献を後世に伝える上で重要な役割を果たしており、ビザンティン文化の発展に大きく貢献した人物として高く評価されています。
使い方・例文
東西教会の神学的対立を学ぶ際、フォティオス1世はフィリオクエ論争の中心人物として必ず登場します。
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