ピョートル2世とは?
ぴょーとるにせい
ピョートル2世とは、18世紀ロシア帝国の皇帝で、ピョートル大帝の孫として即位したが14歳で夭折した短命な君主です。
ピョートル2世(1715〜1730年)は、ロシア帝国の皇帝(在位1727〜1730年)です。ピョートル大帝(ピョートル1世)の息子アレクセイ皇太子と、ドイツのヴォルフェンビュッテル公女シャルロッテとの間に生まれました。父アレクセイは反逆罪で処刑され、ピョートル2世は孤児同然で育ちました。
1727年、エカチェリーナ1世の死後、メンシコフらの権力闘争の結果、11歳でピョートル2世が即位しました。即位当初はメンシコフが事実上の権力を握りましたが、のちにドルゴルーコフ家など旧貴族(ボヤール)勢力がメンシコフを失脚させ、宮廷の実権を掌握しました。
ピョートル大帝が推進した西洋化・近代化政策への反動として、ピョートル2世の治世では宮廷がサンクトペテルブルクからモスクワへ移されるなど、一時的に伝統回帰の動きが見られました。しかし1730年、天然痘によりわずか14歳で崩御しました。
ピョートル2世の死によってロマノフ家の男系は断絶し、以後の帝位継承は混乱の時代(宮廷革命の時代)を迎えることになりました。
使い方・例文
ロシア帝国の歴代皇帝を調べる際や、ピョートル大帝の後継者問題を学ぶ文脈でピョートル2世の名前が登場します。
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