ピョートル・ウランゲルとは?
ぴょーとるうらんげる
ピョートル・ウランゲルは、ロシア内戦末期に白軍の最後の総司令官を務め、南ロシア軍を指揮したロシア帝国陸軍の将軍です。
ピョートル・ニコラエヴィチ・ウランゲル(1878〜1928年)は、バルト・ドイツ系貴族の家系に生まれたロシア帝国陸軍の将軍で、ロシア内戦における白軍最後の最高司令官として知られています。「黒い男爵」という異名でも呼ばれました。
第一次世界大戦では騎兵将校として活躍し、ロシア革命後は白軍に加わりました。コーカサス地方での戦闘で頭角を現し、アントン・デニーキンの下で将軍として活躍しましたが、戦略をめぐる意見の対立からデニーキンと対立する場面もありました。
1920年にデニーキンが白軍の敗北を認めて망命すると、ウランゲルはその後継として南ロシア軍の総司令官に就任しました。彼はクリミア半島を拠点として軍の再建を図り、土地改革などの施策を通じて民心掌握にも努めましたが、赤軍の大規模な攻勢に抗し切れず、1920年11月に1万4千人以上の将兵と家族をともに黒海から撤退させました。この撤退作戦の統制された実施はウランゲルの組織力を示すものとして評価されています。
망명後はユーゴスラビアおよびベルギーに居住し、망命ロシア人の軍事組織「ロシア軍人総連盟」を結成して활동しましたが、1928年に急死しました。毒殺説も唱えられています。
使い方・例文
ロシア内戦の結末や白軍の최후を解説する場面で、ウランゲルとクリミアからの大撤退は象徴的な出来事として取り上げられます。
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