ビクトル・ユシチェンコとは?
びくとるゆしちぇんこ
ウクライナの政治家で、2004年のオレンジ革命を経て大統領に就任し、親欧米路線を推進したことで知られます。
ビクトル・ユシチェンコ(1954年生まれ)は、ウクライナの政治家・元中央銀行総裁で、2005年から2010年までウクライナ大統領を務めました。スムィ州出身で、経済学者・銀行家としての経歴を持ち、ウクライナ国立銀行総裁や首相を歴任した後、大統領選に臨みました。
ユシチェンコの名を世界的に有名にしたのは、2004年の大統領選挙をめぐる一連の出来事です。選挙戦の最中にダイオキシン系毒物による毒殺未遂事件が発生し、顔面が激しく損傷するという衝撃的な事態が起きました。犯人と黒幕は特定されませんでしたが、ロシアやウクライナの親ロシア派との関与が疑われました。その後の不正選挙に対してウクライナ市民が大規模な抗議運動(オレンジ革命)を展開し、再選挙の結果ユシチェンコが大統領に就任しました。
大統領として親欧米・親EU路線を掲げ、NATO加盟申請やEUとの関係強化を推進しました。ウクライナのホロドモール(1930年代のソ連による大規模飢餓)をジェノサイドとして公式認定したことも注目されました。しかし経済政策の行き詰まりや政治的連合の崩壊により支持率が低下し、2010年の大統領選では親ロシア派のヤヌコビッチに敗れました。
使い方・例文
「オレンジ革命」「ウクライナのEU・NATO接近」「ダイオキシン毒殺未遂事件」などを解説する国際政治・東欧史の文脈で登場します。ロシアとウクライナの関係史を語る際にも頻繁に引用されます。
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