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ハインリヒ4世 (神聖ローマ皇帝)とは?

はいんりひよんせい

ハインリヒ4世は11世紀の神聖ローマ皇帝で、ローマ教皇グレゴリウス7世との叙任権闘争、特に「カノッサの屈辱」で歴史に名を刻んだ人物です。

ハインリヒ4世(Heinrich IV、1050〜1106年)は、神聖ローマ帝国の皇帝(在位1084〜1105年)です。サリア朝の皇帝として、中世ヨーロッパ史上最も激しい教皇と皇帝の対立を生き抜いた君主として知られています。

最大の出来事は叙任権闘争です。聖職者の任命権(叙任権)をめぐり、教皇グレゴリウス7世と激しく対立したハインリヒ4世は、1076年に教皇から破門されます。破門は諸侯の離反と帝国内の政治的危機を招き、ハインリヒ4世は1077年、北イタリアのカノッサ城で教皇に謝罪するために雪の中で3日間の断食・懺悔を行いました。この出来事を「カノッサの屈辱」と呼び、中世における教皇権の絶頂を象徴するエピソードとして現代まで語り継がれています。

その後ハインリヒ4世は持ち直し、対立教皇を擁立してグレゴリウス7世をローマから追放するなど反撃に成功します。しかし晩年は息子との対立に悩まされ、退位を余儀なくされたまま1106年に没しました。

ハインリヒ4世の治世は、教権と世俗権力の関係を根本的に問い直す契機となり、後の宗教改革にも影響を与えました。

使い方・例文

「カノッサの屈辱」は歴史の教科書に必ず登場し、「強者が頭を下げざるを得ない状況」を比喩的に表す言葉としても使われます。

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