グレゴリウス7世とは?
ぐれごりうすななせい
グレゴリウス7世は11世紀のローマ教皇で、聖職叙任権をめぐって神聖ローマ皇帝と激しく対立し、教皇権強化に尽力した人物です。
グレゴリウス7世(Gregorius VII、本名イルデブランド、1015年頃〜1085年)は、1073年から1085年まで在位したローマ教皇である。中世ヨーロッパにおける教皇権と世俗君主権の関係を根本から変えた「グレゴリウス改革」の中心人物として歴史に名を残す。
当時の教会は、聖職者の任命権(叙任権)を世俗君主が握る慣習が広まっており、聖職売買(シモニア)や聖職者の妻帯が横行していた。グレゴリウスはこうした腐敗を断ち切るため、1075年に『教皇令』を発し、教皇のみが聖職者を任命・罷免する権限を持つと宣言した。
これが神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世との「叙任権闘争」を引き起こした。グレゴリウスはハインリヒを破門し、ドイツ諸侯が反旗を翻す事態となった。窮地に立ったハインリヒは1077年、北イタリアのカノッサ城外で教皇に雪の中三日間立って許しを乞うた(カノッサの屈辱)。これは中世において教皇権が絶頂に達したことを象徴する事件として語り継がれる。
グレゴリウスの改革が後世に与えた影響は大きく、以下の点で中世ヨーロッパの宗教・政治体制を形作った。
- 聖職者の独立性と道徳的純潔の強調
- ローマ教皇の普遍的権威の確立
- 教会と世俗国家の分離という近代的観念の萌芽
使い方・例文
中世ヨーロッパの政教関係やカノッサの屈辱を学ぶ際に、グレゴリウス7世はその中心人物として必ず言及されます。
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