ハインリヒ・ハイネとは?
はいんりひはいね
ハインリヒ・ハイネは19世紀ドイツを代表する詩人・文筆家で、ロマン主義と批判精神を融合させた抒情詩と政治的散文でドイツ文学史に不滅の足跡を残しました。
ハインリヒ・ハイネ(1797〜1856)はドイツ・デュッセルドルフ生まれのユダヤ系詩人・エッセイスト・ジャーナリストです。ハンブルクで商人修業をした後、ボン・ゲッティンゲン・ベルリン各大学で法律・哲学を学び、1825年にキリスト教に改宗してドクター号を取得しましたが、それは就職のための便宜的な改宗でした。
詩人として最初の名声をもたらしたのは『歌の本』(1827年)です。恋愛の甘さと苦さを流麗かつ皮肉な筆致で詠んだ抒情詩の数々は、シューマン・シューベルト・グリークら作曲家によって歌曲に付けられ、今日もドイツ歌曲の古典として愛されています。なかでも「ローレライ」の詩は広く知られています。
ハイネはロマン主義の美的感覚を持ちながら、ロマン主義の保守的・感傷的な傾向を鋭く批判しました。プロイセンの検閲を逃れるため1831年にパリへ亡命し、以後生涯をフランスで過ごしました。パリからドイツへ向けてドイツ社会・宗教・政治への辛辣な批評を書き送り、マルクスとも交流しました。
晩年は「マトラッツェングルフト(褥の墓穴)」と自ら呼んだ病床に8年間臥せながら詩を書き続けました。ナチス政権はユダヤ系であるハイネの著作を焚書の対象としましたが、彼の作品はドイツ文学の正典として今も読み継がれています。
使い方・例文
ドイツ語の詩の授業や「ローレライ」の歌の由来を調べる際、またドイツ近代文学史を学ぶ場面でハイネの名前が登場します。
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