ヌルハチとは?
ぬるはち
ヌルハチは、17世紀初頭に女真族(満洲族)を統合し、後金国を建てて清朝の基礎を築いた中国史上有数の軍事・政治的指導者です。
ヌルハチ(努爾哈赤、1559〜1626年)は、中国東北部(現在の遼寧省付近)に生まれた女真族の指導者で、清朝の始祖とされる人物です。当時、女真族は多数の部族に分かれて争っており、統一勢力は存在していませんでした。
ヌルハチは1583年頃から次々と周辺の部族を征服・統合し始め、30年以上をかけて女真族のほぼ全体をまとめ上げました。この過程で彼が導入した重要な制度が「八旗制度」です。軍事・行政・社会を一体化したこの組織体制は、後の清朝支配の根幹となりました。
1616年にはヘトゥアラを都として「後金」を建国し、ハン(汗)位につきました。明朝に対しては「七大恨」を宣言して敵対姿勢を明確にし、サルフの戦い(1619年)などで明軍を次々と撃破して満洲の覇権を確立しました。
1626年のニンユアンの戦いでは明軍の大砲による攻撃で負傷し、同年に死去しました。後を継いだ息子ホンタイジが「清」と改称し、その孫の世代が中国全土を征服して清朝を確立します。ヌルハチは「太祖(たいそ)」と追号され、清朝の礎を築いた始祖として今日も高く評価されています。
使い方・例文
中国史の清朝成立や満洲族の興隆を学ぶ際に、ヌルハチは出発点として必ず取り上げられます。八旗制度の説明でもその名が登場します。
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