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ドレフュス事件とは?

どれふゅすじけん

ドレフュス事件とは、19世紀フランスで起きたユダヤ系将校の冤罪事件で、反ユダヤ主義と共和制の危機をめぐるフランス社会を二分した大スキャンダルです。

ドレフュス事件(l'affaire Dreyfus)は、1894年にフランス陸軍のユダヤ系将校アルフレッド・ドレフュスがドイツへのスパイとして不当に有罪判決を受け、後に冤罪が証明されるまでの一連の政治・社会的騒動を指します。フランス近代史における最大の政治スキャンダルのひとつとして位置づけられています。

事件の発端は、フランス参謀本部の機密文書がドイツ大使館に漏洩した疑惑です。証拠が乏しいにもかかわらず、反ユダヤ主義的な偏見を背景にドレフュスが犯人とされ、軍法会議で有罪となり南米の悪魔島に終身刑として送られました。

その後、作家エミール・ゾラが1898年に新聞紙上で公開書簡「私は告発する(J'accuse)」を発表し、軍の不正と隠蔽を世に訴えました。これをきっかけに事件は大きな社会的論争へと発展し、フランス社会は「ドレフュス派(共和主義・人権擁護)」と「反ドレフュス派(軍・保守・反ユダヤ主義)」に二分されました。

最終的にドレフュスは再審の末に無実が証明され、名誉回復を果たしました。この事件はフランスにおける政教分離(ライシテ)の強化、社会主義運動の発展、そしてユダヤ人国家建設を訴えるシオニズム運動の高まりにも大きな影響を与えました。

使い方・例文

「ドレフュス事件は近代フランスにおける反ユダヤ主義の象徴として、歴史の授業や人権問題の議論で取り上げられる」というように、歴史・政治・ジャーナリズムの文脈で登場します。

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