ドレスデン爆撃とは?
どれすでんばくげき
ドレスデン爆撃とは、1945年2月に連合軍(英米)がドイツのドレスデン市を大規模に空襲した出来事で、歴史的文化都市が壊滅し多数の民間人が犠牲となった第二次世界大戦末期の事件です。
ドレスデン爆撃は、第二次世界大戦末期の1945年2月13〜15日に、イギリス空軍とアメリカ陸軍航空軍がドイツ東部の都市ドレスデンに対して行った集中爆撃です。
ドレスデンはエルベ川沿いに位置し、バロック建築の宮殿や教会が立ち並ぶ「エルベのフィレンツェ」と呼ばれた美しい文化都市でした。当時、東部戦線からの難民が多数流入しており、実際の都市人口は平時より膨れ上がっていたとされています。
爆撃の特徴と結果は以下のとおりです。
- 複数波にわたる焼夷弾攻撃で市街地に大規模な火災旋風が発生
- 旧市街の歴史的建造物の大部分が破壊・焼失
- 民間人の犠牲者数は研究によって大きく異なり、数万人規模とされる
- ドレスデン城、ゼンパーオーパー(国立歌劇場)、聖母教会なども崩壊
この爆撃は戦後、軍事的必要性と民間人犠牲の倫理的問題をめぐって激しい論争を呼びました。ドイツでは「テロ爆撃」として記憶される一方、連合軍側は鉄道・補給拠点などへの軍事的合理性を主張しました。戦争末期の無差別爆撃の象徴として、現在も戦争と市民の犠牲を考えるうえで重要な事例とされています。聖母教会(フラウエン教会)は後に再建され、2005年に完成しました。
使い方・例文
「ドレスデン爆撃は戦争末期に文化的な都市が壊滅した例として、戦争における民間人保護の議論で必ず取り上げられる」のように、戦争倫理や国際人道法の文脈で登場します。
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