セリム3世とは?
せりむさんせい
セリム3世は18世紀末から19世紀初頭に在位したオスマン帝国の皇帝で、西洋式の近代化改革を試みた改革派の君主として知られています。
セリム3世(Selim III、1761〜1808年)は、オスマン帝国の第28代スルタンで、1789年から1807年にかけて在位しました。フランス革命と同じ年に即位したことからも象徴されるように、激動する国際情勢の中で帝国の刷新に挑んだ君主です。
セリム3世が推進した改革は「ニザーム・ジェディード(新秩序)」と呼ばれ、主に軍事制度の近代化を目指したものでした。具体的には、
- 西洋式の訓練を取り入れた新型陸軍の創設
- 軍事学校の設立による近代的な士官教育
- ヨーロッパ諸国への常駐外交使節の派遣
- 財政・行政制度の見直し
といった施策が含まれていました。これらは従来の体制を根本から変えようとするものであり、特に既得権益を持つイェニチェリ(近衛歩兵)などの保守勢力から強い反発を受けました。
1807年にイェニチェリの反乱によって廃位され、翌1808年に処刑されました。しかしセリム3世の改革の精神はその後のタンジマート改革(19世紀中頃)などに受け継がれ、オスマン帝国の近代化の先駆けとして歴史的に評価されています。
使い方・例文
「オスマン帝国の近代化の歴史を学ぶ際、セリム3世のニザーム・ジェディード改革は必ず取り上げられる重要な転換点として登場します」というように、中東近代史の文脈で頻繁に言及されます。
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