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スターリングラード攻防戦とは?

すたーりんぐらーどこうぼうせん

スターリングラード攻防戦とは、第二次世界大戦中の1942〜1943年にソ連とナチス・ドイツが行った激烈な市街戦で、ドイツ軍の大敗北が東部戦線の転換点となりました。

スターリングラード攻防戦は、1942年8月から1943年2月にかけて、現在ロシア南部・ヴォルゴグラード(当時の名称スターリングラード)をめぐって行われた、第二次世界大戦最大の市街戦の一つです。この戦いは東部戦線における決定的な転換点となり、ナチス・ドイツの敗北への道を開いたとされます。

ドイツ軍は1942年夏の大攻勢(ブラウ作戦)の一環としてスターリングラードを重要な戦略目標と定め、第6軍を中心とした大軍を投入しました。スターリンの名を冠したこの都市の防衛を命じたソ連側も徹底抗戦を貫き、市内は工場・駅・住宅地を舞台とした壮絶な市街戦の場となりました。

戦いの経過を大きく分けると以下のようになります。

  • 1942年8〜9月:ドイツ軍が市内に侵入し、激しい市街戦が展開される
  • 1942年11月:ソ連軍が「ウラヌス作戦」を発動し、ドイツ第6軍約30万人を包囲
  • 1943年1〜2月:包囲されたドイツ軍が補給を断たれて消耗し、パウルス将軍が降伏

この戦闘での死傷者は両軍合わせて百万人以上に達したとも推計され、人類史上最も犠牲の大きい単一戦闘の一つです。ドイツ軍の大敗北はヒトラーの不敗神話を崩し、以降ドイツは東部戦線で守勢に立たされました。

使い方・例文

第二次世界大戦史の学習や軍事史の文脈で頻繁に登場します。「スターリングラード攻防戦でのドイツ第6軍降伏が、東部戦線の主導権がソ連に移る転機となった」というように、大戦の分水嶺として語られます。

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