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ジョモ・ケニヤッタとは?

じょもけにやった

ジョモ・ケニヤッタとは、ケニア独立運動を指導し、同国初代首相・初代大統領(1964〜1978年)を務めた「ケニア建国の父」です。

ジョモ・ケニヤッタ(Jomo Kenyatta、1897頃〜1978年)は、東アフリカケニアが英国から独立を勝ち取る過程を主導した政治家・民族運動家です。キクユ族の出身で、ナイロビでの活動を経てイギリスに渡り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でブロニスワフ・マリノフスキーに師事して人類学を修めました。

1938年には著書『ケニヤ山に向きあいて(Facing Mount Kenya)』を著し、キクユ族の文化と植民地支配の矛盾を世界に訴えました。帰国後はケニア・アフリカ人同盟(KAU)を率いて独立運動を展開しましたが、1952年に英国当局によってマウマウ団反乱の指導者として逮捕・投獄されました。

独立交渉が進む中で1961年に釈放され、1963年のケニア独立とともに初代首相に就任。翌1964年に共和制へ移行すると初代大統領に就任し、1978年に亡くなるまで在職しました。在任中は以下の政策で知られます。

  • 「ハランベー(共に引こう)」を国家スローガンに掲げ、国民統合と自助・協力の精神を推進した。
  • 独立後の経済開発で農業振興と外資導入を組み合わせ、アフリカの中で比較的安定した成長を実現した。
  • 多党制から事実上の一党支配へ移行し、権威主義的な統治手法も批判された。

ケニア紙幣に肖像が描かれるなど、今日も国父として国民に記憶されています。

使い方・例文

ケニアの歴史教科書や独立記念日(12月12日)の式典でジョモ・ケニヤッタの名前が必ず登場し、独立運動の経緯とともに紹介されます。

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