ジャンヌ・ダルブレとは?
じゃんぬだるぶれ
ジャンヌ・ダルブレは、16世紀のナバラ女王で、カルヴァン主義を国教化し、のちにフランス王アンリ4世となる息子を育てた改革派の女性君主です。
ジャンヌ・ダルブレ(Jeanne d'Albret、1528〜1572年)は、ナバラ王国の女王(在位1555〜1572年)であり、フランス宗教戦争期において重要な役割を果たした人物です。フランス王フランソワ1世の姪にあたり、ナバラ王アンリ2世の妻として政治の中心に立ちました。
若い頃からカルヴァン主義(プロテスタントの一派)に傾倒し、夫の死後1560年代にカトヴィニスムを公式の国家宗教と宣言しました。これはフランスのユグノー(プロテスタント)勢力にとって大きな支柱となりました。
- ナバラ王国でのプロテスタント改革の推進
- カトリック勢力との対立と交渉
- 息子アンリ・ド・ブルボン(後のアンリ4世)の養育
- サン・バルテルミの虐殺の直前(1572年)に急死
ジャンヌ・ダルブレは知性と政治的意志の強さで知られ、宗教改革期における女性指導者の典型として評価されています。彼女の息子アンリ4世は後にカトリックに改宗してフランス王となり、プロテスタントの権利を保護するナントの勅令を発しました。
使い方・例文
フランス宗教戦争史の文脈で、「ジャンヌ・ダルブレのナバラ」はユグノーの拠点として語られます。
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