ジャン=フランソワ・ド・ガロー・ド・ラペルーズとは?
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ジャン=フランソワ・ド・ガロー・ド・ラペルーズは、18世紀フランスの探検家・海軍将校で、世界周航中に行方不明となったことで知られます。
ジャン=フランソワ・ド・ガロー・ド・ラペルーズ(1741年頃〜1788年頃)は、フランス王国の海軍将校・探検家です。南フランスのアルビ近郊に生まれ、若い頃から海軍に身を置き、北米での英仏戦争にも従軍しました。
その名を世界史に刻んだのは、1785年から行われた世界周航探検です。ルイ16世の命を受けて2隻の艦船を率い、大西洋・太平洋を縦断しながら、北米西岸・カムチャツカ半島・朝鮮半島沖・日本列島沿岸・南太平洋などを精力的に調査しました。日本との関係では、1787年に対馬海峡を通過し、日本海を測量したことが特筆されます。この海峡はフランスで「ラペルーズ海峡」と呼ばれることがあります。
1788年、遠征隊はオーストラリアのボタニー湾に立ち寄った後、南太平洋へと向かいましたが、そのままフランス本国との連絡が途絶えました。後年の調査で、遠征隊はヴァヌアツ付近のヴァニコロ島で難破したことが確認されています。
ラペルーズが残した観測記録・地図・日誌は後に整理・出版され、地理学・博物学の発展に貢献しました。その悲劇的な最期と精力的な探検活動は今日も広く語り継がれており、フランスでは多くの地名や施設に名前が冠されています。
使い方・例文
「ラペルーズの探検日誌」として、太平洋調査の記録が後世に出版され、当時の地理学研究に広く活用されました。
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