コンスタンティン・チェルネンコとは?
こんすたんちんちぇるねんこ
コンスタンティン・チェルネンコとは、ソビエト連邦の書記長を1984年から1985年の約13か月間務めた政治家で、就任当初から健康問題を抱えた晩年の指導者です。
コンスタンティン・ウスティノヴィチ・チェルネンコ(1911〜1985年)は、ユーリー・アンドロポフの死後にソ連共産党書記長に就任し、1984年から1985年まで在任したソビエト連邦の最高指導者です。
シベリア出身のチェルネンコは、ブレジネフの腹心として長年党組織で活動し、イデオロギー・党文書管理などの分野で影響力を持ちました。ブレジネフ死後の後継者争いでアンドロポフに敗れましたが、アンドロポフの急死により73歳で書記長の座に就きました。
チェルネンコ政権の特徴は以下の通りです。
- 改革よりも現状維持・保守路線を優先
- アメリカとの関係は依然として緊張状態が続く
- 1984年ロサンゼルス五輪への東側諸国ボイコットを主導
- 就任時から肺気腫が重篤で、しばしば公の場に姿を現せなかった
チェルネンコは1985年3月に73歳で死去し、後継にはミハイル・ゴルバチョフが就任しました。ブレジネフ・アンドロポフ・チェルネンコと続いた高齢・病弱な指導者の相次ぐ死は「葬儀の時代」とも呼ばれ、ソ連の世代交代の必要性を強く印象付けました。
使い方・例文
「チェルネンコまでの高齢指導者が次々と亡くなったことで、党内ではゴルバチョフのような若い改革派への期待が高まっていった」のように、ソ連末期の政治を説明する文脈で用いられます。
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