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コンスタンティノス1世 (ギリシャ王)とは?

こんすたんてぃのすいっせい

コンスタンティノス1世とは、20世紀初頭のギリシャ国王で、バルカン戦争での勝利で領土を拡大した一方、第一次世界大戦の参戦問題で国内分裂を招いた君主です。

コンスタンティノス1世(1868〜1923年)は、ギリシャ国王ゲオルギオス1世の長男として生まれ、1913年から断続的にギリシャ国王を務めた人物です。

その治世は大きく分けて二つの局面があります。

まず、バルカン戦争(1912〜1913年)においては、ギリシャ軍の最高司令官として指揮を執り、マケドニア・エピロスなどの領土獲得に貢献しました。この功績により国民的英雄として称えられました。

しかし第一次世界大戦が勃発すると、妻がドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の姉であったこともあり、親独・中立路線を維持しようとしました。一方、首相ヴェニゼロスは協商国側への参戦を主張し、国論は二分されました(国民分裂と呼ばれる対立)。

  • 協商国の圧力により1917年に退位・亡命
  • 1920年に国民投票で復位するも、希土戦争(対トルコ)の敗北で再び退位
  • ローザンヌ条約によってギリシャ人のアナトリアからの追放が決定

波乱に富んだ生涯はギリシャ近現代史の複雑な局面を映し出しています。

使い方・例文

ギリシャ近現代史の授業で、国民分裂や希土戦争の文脈において頻繁に登場する人物です。

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