カヴール伯爵とは?
かゔぁーるはくしゃく
カヴール伯爵は、19世紀イタリア統一運動(リソルジメント)を外交と政治の力で牽引したサルデーニャ王国の首相で、「イタリア統一の立役者」と称されます。
カヴール伯爵(Conte di Cavour、本名:カミッロ・ベンソ、1810〜1861年)は、サルデーニャ王国(現在のイタリア北西部)の政治家・外交家です。軍人・農業経営者としての経歴を経て政界に入り、1852年にサルデーニャ王国の首相に就任します。
カヴールはイタリア統一を実現するために、力ずくの革命ではなく外交戦略と国家改革を優先しました。まず農業・鉄道・工業などの近代化政策で国力を充実させ、サルデーニャの国際的な地位を高めました。1855年にはクリミア戦争にサルデーニャ軍を派遣してフランス・イギリスとの関係を深め、イタリア問題を国際舞台に引き上げることに成功します。
1858年にはフランス皇帝ナポレオン3世とプロンビエールの密約を結び、オーストリアに対する戦争への支持を取り付けました。1859年の第二次イタリア独立戦争でオーストリアを破り、北イタリアの多くの領土をサルデーニャに統合することに成功します。さらにガリバルディの「千人隊」による南イタリア征服とも連携し、1861年のイタリア王国成立の基盤を整えました。
カヴール自身はイタリア王国成立直後の1861年6月に急逝しましたが、その外交手腕と政治的リアリズムはイタリア統一の最大の推進力と評価されています。
使い方・例文
イタリア統一運動(リソルジメント)の解説では、ガリバルディやマッツィーニとともにカヴール伯爵の名が必ず挙げられます。外交による国家建設の模範例として政治学でも引用されます。
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