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カラカラ帝とは?

からからてい

カラカラ帝とは、3世紀初頭のローマ皇帝であり、帝国内の全自由民にローマ市民権を付与したことで知られる人物です。

カラカラ帝(188〜217年)は、ローマ帝国セウェルス朝の皇帝で、本名はマルクス・アウレリウス・アントニヌスといいます。「カラカラ」とはガリア(現在フランス)産のフード付き外套に由来するあだ名で、彼がこれを好んで着用・普及させたことによります。

最大の功績はアントニヌス勅令(212年)の発布です。これにより、ローマ帝国内のほぼすべての自由民にローマ市民権が与えられました。それまで市民権は生まれや出自によって制限されていましたが、この勅令によって属州民を含む広範な人々が法的・行政的に平等な地位を得ることになりました。ただし、税収増大を目的とした側面もあったとされています。

一方で、カラカラ帝は暴君としての側面も持ち合わせていました。即位直後に実弟ゲタを暗殺し、ゲタ派とみなされた多くの人々を粛清しました。軍事面では積極的な遠征を行いましたが、治世は短く、247年にシリアで近衛兵長官マクリヌスに暗殺されました。

ローマのカラカラ浴場は彼の時代に着工された大規模公共施設で、今日でも遺跡として残っています。

使い方・例文

「カラカラ帝のアントニヌス勅令でローマ市民権が広がった」のように、古代ローマ史や市民権の歴史を説明する際に用いられます。

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