カミッロ・ディ・カヴールとは?
かみっろでぃかぼーる
カミッロ・ディ・カヴールは、19世紀イタリア統一運動を外交と政治の力で主導したサルデーニャ王国の宰相で、「イタリア統一の建築家」と称されています。
カミッロ・ベンソ・ディ・カヴール(Camillo Benso di Cavour、1810〜1861年)は、イタリアの政治家・外交家であり、19世紀のイタリア統一(リソルジメント)を政治・外交の面で主導した中心人物です。サルデーニャ王国の首相として辣腕を振るい、「イタリアを作った男」とも呼ばれています。
カヴールは農業改革や鉄道建設などの近代化政策を通じてサルデーニャ王国の国力を高め、それを外交の足がかりとしました。最大の外交的成果のひとつは、フランス皇帝ナポレオン3世との秘密協定(プロンビエール密約、1858年)です。この協定によりフランスの軍事支援を取り付け、1859年のオーストリアとの戦争(第二次イタリア独立戦争)でロンバルディアを獲得しました。
その後、ジュゼッペ・ガリバルディが率いる義勇軍(赤シャツ隊)が南イタリアを席巻するなか、カヴールはその動きを巧みに利用しつつ制御し、南イタリアをサルデーニャ王国の枠組みに取り込みました。1861年、イタリア王国の建国が宣言されましたが、カヴール自身はその約3か月後に病没し、完全な統一(ローマ・ヴェネツィアの併合)を見届けることはできませんでした。
カヴールの手法は武力よりも外交と政治的駆け引きを重視するものであり、現実主義的な国家建設の手本として今日でも研究されています。
使い方・例文
「カミッロ・ディ・カヴールはイタリア統一において、ガリバルディの武力とは対照的に外交力でリソルジメントを完成させた人物として語られます。」
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