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エミール・フォン・レネンカンプとは?

えみーるふぉんれねんかんぷ

エミールフォン・レネンカンプは、第一次世界大戦初期の東部戦線でロシア軍を指揮したドイツ系ロシア人将軍です。

ウルフォン・レネンカンプ(1854〜1918年)は、バルト・ドイツ人の家系に生まれたロシア帝国の陸軍将軍です。フルネームはパウル・カール・エドゥアルト・フォン・レネンカンプといい、日本語では「エミール・フォン・レネンカンプ」と表記されることもあります。

日露戦争(1904〜1905年)では満洲の戦場で活躍し、騎兵指揮官として名声を得ました。しかし奉天会戦などでは他の将軍との連携不足も指摘されています。

第一次世界大戦が始まった1914年、レネンカンプはロシア第1軍の司令官として東プロイセン(現ポーランド・ドイツ国境地帯)への侵攻作戦を指揮しました。タンネンベルクの戦いではサムソノフ率いるロシア第2軍がドイツ軍に壊滅的な敗北を喫しましたが、レネンカンプはその救援に動かなかったとして批判を受けました。その後まもなく第1軍も敗退し、レネンカンプは司令官を解任されました。

ロシア革命後の混乱期に、レネンカンプはボリシェヴィキに逮捕され処刑されました。ドイツ系の出自と戦時中の失敗が合わさり、長く裏切り者として語られてきましたが、現代では状況の複雑さが再評価されています。彼の動向は東部戦線の戦略的帰結に大きく影響した人物として歴史上に記録されています。

使い方・例文

「第一次世界大戦の東部戦線を学ぶ際、タンネンベルクの戦いとレネンカンプの指揮判断は必ず取り上げられる重要な事例である。」

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