ウンベルト1世とは?
うんべるといっせい
ウンベルト1世とは、統一イタリア王国の第2代国王で、1878年から1900年にかけて在位した人物です。
ウンベルト1世(1844〜1900年)は、イタリア統一運動(リソルジメント)を主導したサヴォイア家出身の王族で、父ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の後を継いで統一イタリア王国の第2代国王に即位しました。
在位中は国内の政情不安や社会運動が激化した時代と重なり、1898年にはミラノで労働者の蜂起(ミラノの五月事件)が発生し、軍による鎮圧を命じたことで国内の批判を受けました。外交面では1882年にドイツ・オーストリアとの三国同盟を締結し、ヨーロッパの勢力均衡に参加しました。
植民地政策にも積極的で、エチオピアへの侵攻を推進しましたが、1896年のアドワの戦いで大敗を喫し、エチオピアの独立を認めざるを得なくなりました。この敗戦はイタリア国内に大きな衝撃を与えました。
1900年、アナキスト(無政府主義者)のガエタノ・ブレシによって暗殺され、64歳で生涯を閉じました。その死は国際的な無政府主義運動の高まりを象徴する出来事として歴史に刻まれています。
使い方・例文
イタリア史や19世紀ヨーロッパの王政・ナショナリズムを学ぶ文脈で頻繁に登場する人物です。三国同盟やアドワの戦いを扱う教科書でも取り上げられます。
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