ウンベルト1世 (イタリア王)とは?
うんべるといっせい
ウンベルト1世とは、統一イタリアの第2代国王で、三国同盟締結や対外拡張を推進したものの、アナーキストに暗殺された人物です。
ウンベルト1世(1844〜1900年)は、サヴォイア家出身のイタリア王で、父ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の後を継ぎ1878年に即位しました。在位中はイタリア王国の国際的地位の向上と帝国主義的拡大を目指しました。
外交面での最大の業績は、1882年にドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国と締結した三国同盟です。これによりイタリアは欧州の主要同盟関係に組み込まれましたが、オーストリアとの間には「未回収のイタリア」問題が残り、国内に不満を抱えた状態でもありました。
アフリカ政策も彼の治世の重要な柱でした。
- エリトリアへの進出とソマリランドへの勢力拡大
- 1896年のアドワの戦いでエチオピアに敗北(植民地化に失敗)
- この敗戦は国内の強い批判を呼んだ
国内では社会主義・アナーキズム運動が高まりを見せ、労働者の蜂起が各地で起きました。1900年7月、モンツァでアナーキストのガエタノ・ブレシによって射殺され、その生涯を終えました。息子ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が後を継ぎました。厳格な保守的姿勢と悲劇的な最期から、統一イタリア初期の困難な時代を象徴する王として語られます。
使い方・例文
「イタリアの三国同盟の歴史を調べると、ウンベルト1世の時代に締結されたドイツ・オーストリアとの同盟が出てきます」という文脈で登場します。
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