ウィリアム・ハルゼーとは?
うぃりあむはるぜー
ウィリアム・ハルゼーは第二次世界大戦中の太平洋戦争でアメリカ海軍を率いた提督で、「ブル(雄牛)」の渾名で知られる攻撃的な指揮官です。
ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジュニア(1882年〜1959年)は、アメリカ海軍の提督(元帥相当の艦隊提督)で、太平洋戦争において重要な役割を果たした指揮官です。ニュージャージー州エリザベス出身で、海軍士官学校(アナポリス)を卒業後、駆逐艦や航空機の分野でキャリアを積みました。
太平洋戦争開戦後、空母機動部隊の指揮官として数々の作戦を指揮しました。主な経歴と作戦は次の通りです。
- 1942年のドーリットル東京空襲(B-25爆撃機発艦の空母艦隊指揮)
- 南太平洋方面司令官として、ガダルカナル島攻防戦を支援
- 1944年のレイテ沖海戦での第3艦隊指揮(北方機動部隊への追撃が議論を呼んだ)
「ブル・ハルゼー」の渾名が示すように、積極果敢で攻撃的な戦術を好む指揮官として知られました。一方でレイテ沖海戦では、日本軍の陽動作戦に乗って主力部隊を北方に移動させ、サンベルナルジノ海峡を無防備にした判断が批判されることもあります。戦後はアメリカ海軍元帥に相当する「艦隊提督」(5つ星)に昇進しました。
使い方・例文
太平洋戦争の戦史書やドキュメンタリーで、レイモンド・スプルーアンスと比較される形でウィリアム・ハルゼーの名がしばしば登場します。
この用語をシェア
最終更新: