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イワン4世とは?

いわんよんせい

イワン4世はロシア初の「ツァーリ」を称したモスクワ大公で、中央集権化を推進する一方、晩年は「雷帝」の異名どおり恐怖政治を行った君主です。

イワン4世(1530〜1584年)は、モスクワ大公国の君主であり、1547年にロシア初の「ツァーリ皇帝)」の称号を自ら採用たことで知られています。「雷帝(グロズヌイ)」の異名は「恐ろしい者」「畏れを知らしめる者」を意味し、その峻烈な統治ぶりを表しています。

治世前半は改革の時代でした。法典(スデブニク)の整備、地方行政の再編、全国会議(ゼムスキー・ソボル)の創設など、中央集権国家の基盤を整え、カザン・ハン国やアストラハン・ハン国を征服してロシアの東方拡大を推し進めました。

しかし1560年代から「オプリーチニナ」と呼ばれる恐怖政治へと転換します。イワンは国家を二分し、直属の特別警察部隊「オプリーチニキ」を設けてボヤール(貴族)への大規模粛清を行いました。推定数千〜数万人が処刑・追放されたとされています。

1581年には激怒のあまり長男を撲殺するという悲劇も起こしました。晩年のイワンはますます猜疑心が強まり、恐怖と混乱の中で1584年に死去しました。彼の治世はロシアの国家形成において重要な転換点でありながら、暴政の象徴としても語り継がれています。

使い方・例文

「イワン4世の治世は、ロシア史で中央集権化と恐怖政治が同時に進んだ複雑な時代として語られます。」

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