アンリ・クリストフとは?
あんりくりすとふ
アンリ・クリストフとは、ハイチ革命に参加し、独立後のハイチ北部を支配してヘンリー1世として君臨した軍人・政治家です。
アンリ・クリストフ(1767年〜1820年)は、カリブ海の島・グレナダ生まれの黒人指導者で、ハイチ独立運動における重要な軍事指導者です。奴隷として生まれたとされていますが、ハイチ(当時フランス領サン=ドマング)に移り、のちに自由を得て宿屋などを経営するかたわら軍に参加しました。
1791年に始まったハイチ奴隷反乱ではトゥーサン・ルーヴェルチュールのもとで才能を発揮し、フランス・イギリス・スペインとの複雑な勢力争いの中で戦いを続けました。トゥーサンがフランス軍に捕縛された後は、ジャン=ジャック・デサリーヌのもとで戦い、1804年のハイチ独立に貢献しました。
デサリーヌ暗殺後のハイチは南北に分裂し、クリストフは北部を支配しました。1811年には「ヘンリー1世」として国王を名乗り、ハイチ北部に王国を建設しました。彼はこの時期にサン=スーシ宮殿やシタデル・ラフェリエール要塞(ラ・フェリエール城塞)を建設しました。この要塞は奴隷労働も用いて築かれた巨大な山岳要塞で、現在はユネスコ世界遺産に登録されています。
晩年は病と反乱の圧力にさらされ、1820年に自ら命を絶ちました。ハイチ史において複雑な評価を受ける人物であり、民族解放の英雄であると同時に専制的な支配者でもあったとされています。
使い方・例文
ハイチの世界遺産を紹介する文脈で、シタデル・ラフェリエール要塞を建設したアンリ・クリストフの名が登場します。
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