アレクシオス4世アンゲロスとは?
あれくしおすよんせいあんげろす
アレクシオス4世アンゲロスとは、第4回十字軍の支援を受けてビザンツ帝国の共同皇帝となったが、約束を果たせず反乱で廃位・処刑された悲劇的な皇帝です。
アレクシオス4世アンゲロス(1182年頃〜1204年)は、ビザンツ皇帝イサキオス2世の息子です。父が宮廷クーデターで廃位・盲目にされた後、イタリアへ亡命し、第4回十字軍の指導者たちに父の復位と自らの即位を求める支援を要請しました。
彼は十字軍に対し、見返りとして次の約束を行いました。
1203年、十字軍艦隊がコンスタンティノープルに迫ると現皇帝アレクシオス3世は逃亡し、イサキオス2世が復位。アレクシオスは共同皇帝(アレクシオス4世)となりました。
しかし約束した資金の調達は難航し、市民の反十字軍感情も高まりました。1204年初頭、宮廷クーデターにより廃位され、まもなく処刑されました。彼の失脚後、十字軍は1204年4月にコンスタンティノープルを略奪・占領し、ラテン帝国を建てます。これはビザンツ帝国の実質的な崩壊を早める契機となりました。アレクシオス4世の行動は、第4回十字軍の目標を根本から変えてしまった歴史的転換点として評価されています。
使い方・例文
「第4回十字軍がコンスタンティノープル攻撃に向かった直接の契機としてアレクシオス4世の要請が挙げられる」というように、十字軍史・ビザンツ史の文脈で登場します。
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