アルフレッド・フォン・シュリーフェンとは?
あるふれっどふぉんしゅりーふぇん
アルフレッド・フォン・シュリーフェンは、ドイツ帝国の陸軍参謀総長を務めた軍人で、第一次世界大戦にも影響を与えた「シュリーフェン計画」の立案者です。
アルフレッド・フォン・シュリーフェン(Alfred von Schlieffen、1833〜1913年)は、プロイセン・ドイツ帝国の陸軍軍人です。1891年から1906年まで参謀総長を務め、その在任中に立案した作戦計画は後世に「シュリーフェン計画」として知られるようになりました。
シュリーフェン計画とは、フランスとロシアという二方面の敵を同時に相手にしなければならないドイツが、まずフランスを短期間で撃破し、次いで動員が遅いロシアに兵力を転用するという二段階作戦構想です。フランスを攻撃する際には、要塞線を避けてベルギーの中立を無視して迂回進撃するという特徴的な経路が計画されていました。
シュリーフェン計画は彼の退役後も参謀本部の基本戦略として引き継がれ、第一次世界大戦開戦直後の1914年のドイツ軍の進撃ルートに反映されました。ただし、後任のモルトケ(小モルトケ)によって計画は大幅に修正されており、「純粋なシュリーフェン計画」が実行されたかどうかについては歴史家の間で議論があります。
軍事史において、シュリーフェンは近代的な参謀作戦計画の象徴的な人物として位置づけられています。
使い方・例文
第一次世界大戦の開戦過程や、ドイツのベルギー侵攻の理由を説明する場面でシュリーフェン計画とともにその名が取り上げられます。
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