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アブメド・セク・トゥーレとは?

あぶめどせくとぅーれ

アフメド・セク・トゥーレとは、1958年にギニアアフリカ最初のフランス語圏独立国として誕生させ、冷戦期に非同盟外交を展開した初代大統領です。

アフメド・セク・トゥーレ(1922〜1984年)は、西アフリカギニア政治家・労働運動家で、同国の初代大統領(在任1958〜1984年)です。イスラム帝国「トゥクロール帝国」の指導者ウマル・タルの子孫とも伝えられ、若くして労働組合運動に身を投じ政治的頭角を現しました。

1958年、フランスのド・ゴール大統領がフランス共同体への参加についての国民投票を実施した際、トゥーレは「ノン(反対)」を呼びかけ、ギニアは完全独立を選択した唯一のフランス語圏アフリカの地となりました。フランスはこれに反発し、すべてのフランス人行政官・技術者を引き揚げ、インフラ・資産を持ち去ったため、ギニアは独立直後から極めて困難な状況に直面しました。

トゥーレはソ連・中国・アメリカなどを巧みに渡り歩く非同盟外交を展開しましたが、国内では一党独裁を敷き、「敵」とみなした者への弾圧・粛清が繰り返されました。数十万人が国外に亡命し、強制収容所での死者も多数に上ったとされています。

1984年、心臓手術のためアメリカで死去。翌月軍事クーデターが発生し、一党独裁体制は崩壊しました。アフリカ独立史における象徴的な人物である一方、独裁的統治による人権侵害の記録も残す複雑な指導者として評価されています。

使い方・例文

「アフメド・セク・トゥーレのギニア独立は、フランス語圏アフリカにおける脱植民地化の歴史的転換点として、アフリカ現代史の授業で頻繁に取り上げられます。」

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