アタウアルパとは?
あたうあるぱ
アタウアルパはインカ帝国最後の皇帝で、スペインの征服者ピサロに捕らえられ処刑された悲劇的な君主として知られています。
アタウアルパ(Atahualpa、1502年頃〜1533年)は、南米アンデス山脈に栄えたインカ帝国の最後の皇帝(サパ・インカ)です。父ワイナ・カパックの死後、兄ワスカルとの激しい内戦を制して帝位を掌握しました。
しかし1532年、スペインのコンキスタドールフランシスコ・ピサロが少数の騎兵隊を率いてアンデスに侵入しました。カハマルカでの会見でアタウアルパはスペイン側の奇襲を受けて捕虜となりました。この際、インカの数万の兵士がほとんど抵抗できなかったのは、馬・鉄製の武器・銃という技術格差に加え、指揮官であるアタウアルパ自身が囚われたことによる混乱が大きな要因でした。
ピサロはアタウアルパに莫大な身代金(部屋いっぱいの金と銀)を要求しました。アタウアルパは約束どおり身代金を集めましたが、スペイン側は約束を破り、異端審問にかけて1533年に処刑しました。アタウアルパの死によってインカ帝国は事実上崩壊し、スペインによる南米征服が本格化しました。彼の生涯はアンデス先住民の悲劇と植民地支配の象徴として語り継がれています。
使い方・例文
「アタウアルパ」はインカ帝国の歴史や中南米の征服史を扱う文脈で登場します。「アタウアルパは莫大な身代金を払ったにもかかわらず処刑されたインカ最後の皇帝として、歴史の教科書に必ず登場する」のように使われます。
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