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アウランガゼーブとは?

あうらんがぜーぶ

アウランガゼーブとは、17〜18世紀インドのムガル帝国を統治した第6代皇帝で、帝国の最大版図を実現した一方、厳格なイスラム政策で国内に分裂の種をまいた人物です。

アウランガゼーブ(1618〜1707年)は、ムガル帝国の第6代皇帝(在位1658〜1707年)です。父シャー・ジャハーンを幽閉して帝位を奪い、約50年にわたって帝国を統治しました。その治世はムガル帝国が最大領土を誇った時期と重なります。

アウランガゼーブは敬虔なスンナ派イスラム教徒であり、その信仰を政治に色濃く反映させました。ヒンドゥー教徒への人頭税(ジズヤ)を復活させ、寺院の建設を制限・破壊するなど、それ以前の皇帝が進めていた宗教的寛容政策を転換しました。

彼の治世の特徴は以下の通りです。

  • デカン高原への侵攻を続け、帝国の版図を南インドまで拡大
  • ヒンドゥー教徒・シク教徒への弾圧政策
  • 厳格なシャリーア(イスラム法)に基づく統治
  • 長期の戦争による国庫疲弊と反乱の頻発

彼の死後、帝国は急速に分裂・衰退していきます。アウランガゼーブはその強権的な宗教政策が帝国瓦解の一因となったとして、歴史家から批判的に評価されることも多い一方、インド・イスラム世界では敬虔な統治者として尊崇する見方もあります。

使い方・例文

世界史の教科書でムガル帝国の興亡を学ぶとき、最大領土と同時に帝国の分裂の始まりを象徴する皇帝として登場します。インドの宗教対立の歴史を論じる文脈でもよく取り上げられます。

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