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フレイ・オットーとは?薄い膜で屋根を作った建築家の生涯と功績

公開 2026年8月12日

この記事は 「フレイ・オットーとは?」 の解説をくわしく掘り下げたものです。

軽やかな構造美を追い求めた建築家

フレイ・オットーは、1925年にドイツのジークマールに生まれた建築家であり構造エンジニアです。第二次世界大戦後のドイツで建築を学び、それまでの重厚なコンクリートや鉄骨とは異なる、薄い膜や索を張り渡した軽量な構造に強い関心を寄せていきました。

膜構造・索引っ張り構造の探求

オットーが専門としたのは、テントのように布や膜を張り渡し、それを索(ケーブル)で引っ張って支える構造です。この方式は使用する材料が少なくて済むうえ、大きな空間を柱なしで覆うことができるという利点があります。オットーは模型実験やコンピューターがまだ普及していない時代から、シャボン玉の膜や糸を使った物理モデルを駆使して、力学的に無理のない自然な曲面の形を探り続けました。

代表作、ミュンヘンオリンピックのスタジアム屋根

オットーの名を世界に知らしめたのが、1972年ミュンヘンオリンピックの競技場群を覆う屋根です。建築家ギュンター・ベーニッシュとの共同設計によって実現したこの屋根は、透明な膜をクモの巣のように張り巡らせた、当時としては画期的なデザインでした。周囲の丘陵地形と一体になった軽やかな景観は、それまでのオリンピック施設のイメージを大きく変えるものとなりました。

自然界に学ぶ生体力学的研究

オットーは建築と並行して、動物の骨格や植物の茎、クモの巣などの自然界に見られる構造を分析する生体力学的な研究にも力を注ぎました。自然の形には、少ない材料で強度を保つための合理的な仕組みが備わっているという考えのもと、その知見を建築構造に応用しようとしたのです。この姿勢は、後の建築家たちにも大きな影響を与えました。

モントリオール万博ドイツ館

ミュンヘンオリンピックに先立つ1967年のモントリオール万博でも、オットーはドイツ館の設計に関わり、テント状の膜構造による軽やかな建築を実現しています。この作品は、彼の膜構造がオリンピック施設のような大規模建築にも応用できることを世界に示す先駆けとなりました。

研究機関シュトゥットガルト大学

オットーはシュトゥットガルト大学に軽量構造研究所を設立し、構造力学と建築デザインを橋渡しする研究拠点として発展させました。ここでの研究成果は、彼自身の作品だけでなく、世界各地の後進の建築家たちにも広く共有され、膜構造やテンセグリティ構造の発展に大きく貢献しています。

プリツカー賞と晩年

フレイ・オットーは、建築界で最も権威ある賞のひとつであるプリツカー賞を2015年に受賞しました。しかし受賞発表の直前に90歳で亡くなっており、彼の功績を称える形での授賞となりました。軽量構造という分野を切り開いたオットーの仕事は、現代の建築や膜構造の設計にも今なお息づいています。

現代建築への影響

オットーが切り開いた膜構造の技術は、スタジアムの屋根や展示施設のパビリオンなど、現代のさまざまな建築に応用されています。少ない材料で大きな空間を覆うという発想は、資材や環境負荷を抑えたいという現代の建築が抱える課題とも合致しており、彼の仕事は今なお色あせない価値を持ち続けています。

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