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高村光太郎とは?

たかむらこうたろう

高村光太郎とは、明治から昭和にかけて活躍した日本の詩人・彫刻家で、妻智恵子への愛を詠んだ詩集『智恵子抄』で広く知られる芸術家です。

高村光太郎(1883〜1956)は、東京に生まれた彫刻家・詩人・書家です。父は明治を代表する彫刻家・高村光雲であり、芸術家の家系に育ちました。東京美術学校(現・東京芸術大学)で彫刻を学んだ後、アメリカイギリスフランスへ留学し、西洋の近代美術を吸収しました。

帰国後は彫刻と詩作の両面で活躍しました。詩の分野では口語自由詩の先駆者として高く評価されており、1913年に発表した詩集『道程』は「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」の一節で知られ、近代日本詩史における金字塔とされています。

最もよく知られる作品のひとつが、妻・長沼智恵子(智恵子)への愛と悲しみを詠んだ詩集『智恵子抄』(1941年刊)です。智恵子は精神を病み、入院の末に亡くなりましたが、光太郎は彼女への深い愛を詩に昇華させ、今も多くの読者の心を揺さぶり続けています。

彫刻家としては、乳房山の「智恵子の像」など数々の作品を手がけました。戦後は岩手県花巻郊外の山小屋に7年間隠棲し、戦争への反省と自己浄化の日々を過ごしました。晩年は東京に戻り、後進の指導にもあたりました。

使い方・例文

国語の教科書には「智恵子抄」や「道程」が収録されることが多く、日本近代詩の代表例として学校教育の場でよく取り上げられます。

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