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賀屋興宣とは?

かやおきのり

賀屋興宣は、大蔵官僚出身で戦中の大蔵大臣を務め、戦後はA級戦犯として有罪判決を受けた政治家です。

賀屋興宣(かや おきのり、1889〜1977年)は、日本官僚政治家で、戦前は大蔵省(現財務省)の要職を歴任し、第1次近衛内閣および東条内閣で大蔵大臣を務めました。

東京帝国大学法科を卒業後、大蔵省に入省し主計局長・次官などを歴任した典型的な官僚エリートです。大蔵大臣として戦時財政を主導し、戦時国債の大量発行や統制経済の整備を担いました。特に太平洋戦争開戦時(東条内閣)の大蔵大臣として、戦争遂行のための財政政策を推進した責任者とみなされています。

敗戦後、極東国際軍事裁判(東京裁判)においてA級戦犯として起訴され、終身禁錮の有罪判決を受けました。1955年に仮釈放され、1958年には公職資格回復を経て政界に復帰。自由民主党衆議院議員として活動し、池田内閣では法務大臣を務めました。

戦犯として有罪判決を受けた人物が戦後に大臣職を務めたことは、当時から議論を呼びました。

使い方・例文

日本の戦時財政史・東京裁判・戦後政治の連続性を論じる文脈でしばしば取り上げられる人物です。

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