石井聰亙とは?
いしいそうご
石井聰亙とは、ノイズ・パンクを映像化したような激烈なスタイルで1980年代の日本映画に衝撃を与えた独自性の高い映画監督です。
石井聰亙(いしいそうご、1957年生まれ)は、日本の映画監督です。現在は「石井岳龍」(いしいがくりゅう)として活動しており、名義変更後も精力的に映画製作を続けています。
日本大学芸術学部在学中から自主映画を製作し、1980年に劇場公開された『狂い咲きサンダーロード』で衝撃的なデビューを果たしました。この作品は暴走族の抗争を描きながら、ノイズミュージックと共鳴するような映像の過激さで注目を浴び、「日本のパンク映画」の代名詞となりました。
続く『爆裂都市 BURST CITY』(1982年)では、パンク・ロックバンドのコンサートや架空の近未来都市を舞台に、混沌とした群衆劇を展開。実際のロックバンド(ARB、ザ・ルースターズなど)を多数起用したことでも話題を呼びました。
その後も『シャッフル』『狂気の桜』など独自の世界観を追求し続け、日本のアンダーグラウンド映画・アート映画の文脈で高く評価されています。海外の映画祭でも注目を集めており、アジアの前衛映画監督として国際的な認知度も持っています。
使い方・例文
「石井聰亙の作品はパンクロックを映像にしたような熱量があり、80年代の若者文化の記録でもある」のように、日本のアンダーグラウンド映画の文脈で言及されます。
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