田中角栄とは?
たなかかくえい
田中角栄とは、日本列島改造論を掲げて高度成長期の日本を牽引し、日中国交正常化を実現した第64・65代内閣総理大臣です。
田中角栄(たなか・かくえい、1918〜1993)は新潟県出身の政治家であり、小学校卒業後に独学と実業で身を立て、戦後日本で最も影響力を持った政治家の一人として知られています。
1972年に内閣総理大臣に就任した田中は、同年9月に中華人民共和国との国交正常化(日中共同声明の調印)を実現させました。これは戦後日本外交における最も重要な外交的成果のひとつであり、現在の日中関係の基礎を築きました。
内政面では著書『日本列島改造論』で示した構想に基づき、地方の高速道路・新幹線網の整備と均衡ある国土開発を推進しました。この政策は地方経済の活性化に貢献した一方、開発ブームによる地価高騰とインフレをもたらしたとも評価されています。
田中の政治手法は「コンピュータ付きブルドーザー」と称されたほどの強引な推進力と緻密な計算に特徴づけられ、自民党内で強大な派閥(田中派→竹下派→経世会)を形成しました。しかし1974年に金脈問題で首相を辞任し、1976年にはロッキード事件で逮捕・起訴されました。有罪判決(懲役4年、追徴金5億円)を受けながらも政界に影響力を持ち続けた田中の政治人生は、戦後日本政治の功罪を象徴するものとして現在も多くの研究・議論の対象となっています。
使い方・例文
日中国交正常化や高度成長期の国土開発を話題にするとき、その推進者として田中角栄の名前と「列島改造論」が引用されます。
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