新陰流とは?
しんかげりゅう
新陰流とは、戦国時代に上泉信綱が創始した日本の剣術流派で、後世の剣道・武道に大きな影響を与えた名流です。
新陰流(しんかげりゅう)は、16世紀の戦国時代に上泉伊勢守信綱(かみいずみいせのかみのぶつな)が創始した剣術流派です。信綱は愛洲移香斎が開いた「陰流」をもとに独自の工夫を加え、新しい流派として体系化しました。その技術と思想の高さから、信綱は「剣聖」と称えられています。
新陰流の大きな特徴のひとつは、袋竹刀(ふくろしない)を使った打ち合い稽古を取り入れた点です。木刀や真剣ではなく、革で覆った柔らかい竹刀を用いることで、実戦に近い形の稽古が怪我なくできるようになり、後の剣道具発展にも繋がりました。
信綱の弟子のひとりである柳生宗厳(石舟斎)は新陰流を継承・発展させ、柳生新陰流(柳生流)として江戸幕府の剣術指南役となりました。柳生家は徳川将軍家との結びつきを持ち、剣術を通じて政治的にも影響力を持ちました。一方、疋田豊五郎など他の高弟も各地に流儀を伝えています。
新陰流は単なる剣技にとどまらず、「活人剣(かつじんけん)」という思想を重視します。これは剣を「人を殺す技」としてではなく、人を活かす・守るための術として位置づける考え方で、武道における精神性を重視する流れの源流となっています。
使い方・例文
時代劇や武道史の解説で「柳生新陰流」という言葉が出てきたとき、その源流が上泉信綱の新陰流であることを知っていると、歴史的な背景をより深く理解できます。
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