忽必烈とは?
くびらい
忽必烈(フビライ)は、13世紀のモンゴル帝国第5代ハーンであり、中国に元朝を建国してユーラシア大陸に広大な支配圏を築いた人物です。
忽必烈(フビライ・ハン、1215〜1294年)は、チンギス・ハンの孫であり、モンゴル帝国の第5代大ハーンです。中国では「世祖」と呼ばれ、1271年に国号を「元」と定め、元朝の初代皇帝となりました。
フビライはモンゴル帝国の中国支配を確立するため、南宋を1279年に滅ぼして中国全土を統一しました。首都を現在の北京(大都)に置き、遊牧民族の統治様式と中国の官僚制度を融合させた独自の統治体制を構築しました。
彼の治世における主な出来事や業績は次のとおりです。
- 大規模な行政改革と紙幣(交鈔)の普及
- マルコ・ポーロをはじめとする外国人との積極的な交流
- 高麗(朝鮮半島)への影響力拡大
- 日本への二度の遠征(文永の役・弘安の役)の決行
- ベトナム・ジャワへの遠征(いずれも失敗)
日本への元寇は、神風(暴風雨)や日本軍の抵抗によって失敗に終わったことで歴史的に有名です。フビライの死後、元朝は内部抗争と財政悪化により衰退し、1368年に明に滅ぼされました。彼はユーラシア史上最大級の帝国を統治した君主の一人として、世界史の教科書に必ず登場する人物です。
使い方・例文
日本史の授業では「元寇」を語る文脈で必ず登場し、「フビライ・ハンが二度にわたって日本に遠征した」という形で使われます。
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