後白河天皇とは?
ごしらかわてんのう
後白河天皇とは、平安末期から鎌倉初期にかけて院政を敷き、保元・平治の乱や源平合戦の時代を生き抜いた「日本第一の大天狗」と呼ばれた天皇です。
後白河天皇(ごしらかわてんのう、1127年〜1192年)は、第77代天皇として1155年に即位し、わずか3年で退位した後も34年以上にわたって院政を行い、院政期の権力の中心に居続けた人物です。
在位中の1156年には保元の乱、1159年には平治の乱が勃発し、武士が歴史の表舞台に立つ時代の幕が開きました。これらの政争を生き延びた後白河院は、平清盛が台頭する中でも権力の一端を握り続けました。清盛に幽閉される(治承3年のクーデタ)などの苦境にも遭いながら、しぶとく政治的影響力を保持し続けた姿から、源頼朝に「日本第一の大天狗」と評されたと伝えられています。
文化面では今様(いまよう)と呼ばれる流行歌を愛好し、みずから収集・編纂した歌謡集『梁塵秘抄』は平安末期の庶民文化を知る貴重な史料となっています。
源平合戦の時期には源義仲・源義経・源頼朝らとも複雑な政治関係を結び、鎌倉幕府の成立過程にも深く関わりました。晩年には頼朝に朝廷との協調を余儀なくされ、1192年に崩御。その死後まもなく頼朝が征夷大将軍に任じられました。
使い方・例文
平安末期・鎌倉初期の歴史を学ぶ際、保元の乱・平治の乱・源平合戦を解説する文脈で「後白河天皇(後白河院)」の名前が繰り返し登場します。
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