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後嵯峨天皇とは?

ごさがてんのう

嵯峨天皇とは、鎌倉時代中期の第88代天皇で、院政を行って皇室の政治的影響力を保ちつつ、後の両統迭立問題の遠因を作った人物です。

嵯峨天皇(1220〜1272年)は、鎌倉時代中期の第88代天皇で、1242年に即位しました。即位の背景には幕府(北条氏)の意向が強く働いており承久の乱(1221年)以降に幕府が皇位継承に介入するようになった時代を象徴する存在でもあります。

在位中は比較的短く、1246年に息子の後深草天皇に譲位しましたが、その後も院政を行い実質的な権力を握り続けました。さらに後深草天皇を退位させ、亀山天皇を即位させたことで、後深草天皇の系統(持明院統)と亀山天皇の系統(大覚寺統)の対立を生む遠因となりました。この対立は後に南北朝の分裂へとつながります。

文化面では和歌や蹴鞠などの宮廷文化に親しみ、文化的な宮廷生活を営みました。また鎌倉幕府との協調路線を保つことで、朝廷と幕府の共存体制を維持しました。

後嵯峨天皇の治世は、日本中世における皇位継承問題の複雑化を考えるうえで欠かせない時代として位置づけられています。

使い方・例文

日本の中世史や南北朝時代を学ぶ際に、両統迭立の起源として後嵯峨天皇の院政が解説されます。

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