嵯峨天皇とは?
さがてんのう
嵯峨天皇とは、平安時代前期の第52代天皇で、書を能くし空海・橘逸勢とともに「三筆」の一人に数えられる文化的素養の高い天皇です。
嵯峨天皇(さがてんのう、786年〜842年)は、平安時代前期の第52代天皇で、在位は809年から823年です。桓武天皇の第二皇子として生まれ、諱(いみな)は神野(かみの)。退位後は嵯峨院(現在の大覚寺の地)に住んだことから「嵯峨」の院号で呼ばれます。
政治面では蔵人所(くろうどどころ)・検非違使(けびいし)の設置など律令制度の補完・整備を進め、平安時代前期の政治体制確立に貢献しました。また藤原冬嗣を登用し、のちの藤原氏台頭の礎を作ったとも言われています。
文化・芸術面において嵯峨天皇は際立った才能を持ち、漢詩・和歌・書のいずれにも優れていました。書においては空海(弘法大師)・橘逸勢(たちばなのはやなり)とともに「三筆(さんぴつ)」に数えられ、日本を代表する書の名手として後世に称えられています。唐風の楷書・行書・草書を能くし、その作品は宮廷文化の水準を示すものとして重視されました。
また漢詩の勅撰集『凌雲集』『文華秀麗集』『経国集』の編纂を命じるなど、漢文学の振興にも大きく貢献し、平安初期の文化隆盛「弘仁・貞観文化」の中心的な担い手となりました。
使い方・例文
日本書道史の「三筆」を問われた際に登場する嵯峨天皇は、空海・橘逸勢とともに平安初期に唐風の書を高い水準で体現した人物として評価されています。
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