市川房枝とは?
いちかわふさえ
市川房枝は日本の女性参政権運動を主導した社会運動家・政治家で、戦後は参議院議員として長く活動し、女性の権利拡大と政治浄化に尽くしました。
市川房枝(1893〜1981年)は、愛知県出身の社会運動家・政治家です。日本における女性参政権獲得運動の中心的な存在として、20世紀の日本女性史を代表する人物の一人です。
市川は教師・記者を経て、1920年に平塚らいてうらと新婦人協会を設立し、女性の政治参加を求める運動を本格化させました。戦前は女性の選挙権獲得を目指す婦人参政権獲得期成同盟会などの活動に取り組みましたが、治安維持法の強化や戦時体制の中で運動は制約されました。
戦後は日本国憲法のもとで女性参政権が実現し、市川は以下の活動を展開しました。
- 婦選獲得同盟を再建し、女性の政治参加促進活動を継続
- 1953年に参議院議員に初当選
- 公職追放解除後も選挙粛正・政治倫理の向上を訴え続ける
- 1980年の参院選で約170万票を獲得し、当時の個人最高得票記録を樹立
市川房枝は特定政党に依存しない超党派の立場をとり、選挙の公正・政治腐敗の追及・消費者保護など幅広い分野で活動しました。その生涯は日本の市民社会と女性解放運動の歴史そのものであり、没後も「市川房枝記念会女性と政治センター」を通じてその精神が受け継がれています。
使い方・例文
「日本の女性参政権の歴史を調べると、市川房枝は戦前から戦後にかけて運動を牽引した最重要人物として必ず登場します。」
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