本文へスキップ

孝明天皇とは?

こうめいてんのう

孝明天皇とは、幕末の第121代天皇で、攘夷思想を持ちながらも公武合体を支持し、激動の幕末政局の中心にあった君主です。

孝明天皇(1831〜1867年)は、江戸時代末期の第121代天皇で、1846年から崩御まで在位しました。父は仁孝天皇です。在位期間はペリー来航(1853年)に始まる開国・攘夷論争の時代と重なり、幕末の政治的混乱に深く関わった天皇として歴史に刻まれています。

孝明天皇の政治的立場の特徴は、外国人への強い嫌悪感と攘夷(外国を打ち払う)への傾倒です。しかし一方で、幕府の存在を否定するわけではなく、朝廷と幕府が協力して難局に当たる「公武合体」を支持しました。妹の和宮を徳川将軍家に降嫁させたのも、公武合体の具体策の一つでした。

天皇は尊王攘夷派の過激な行動には警戒を示しており、王政復古や倒幕には消極的でした。1867年に36歳の若さで急逝したことで、後継の明治天皇(睦仁)が即位し、その直後に明治維新が一気に進展しました。孝明天皇の死の真相(病死か毒殺か)については歴史的に議論が残っています。

使い方・例文

幕末史の授業や文献で「攘夷を唱えながら公武合体を目指した天皇」として必ず登場します。大河ドラマや歴史小説でも重要な人物として描かれます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語