如来蔵思想とは?
にょらいぞうしそう
如来蔵思想とは、すべての衆生の心の中に仏(如来)の本質が宿っているという大乗仏教の重要な教えです。
如来蔵思想(にょらいぞうしそう)とは、大乗仏教における重要な思想体系のひとつで、すべての生き物(衆生)には本来、仏(如来)となる本質・可能性が内在しているという考え方です。「如来蔵」とは「如来を宿す蔵(場所)」を意味し、煩悩に覆われていても、その奥深くには清浄な仏性が存在するという教えです。
この思想は主に『如来蔵経』『勝鬘経』『大般涅槃経』などの経典を根拠とし、インドで発展したのち、中国・チベット・日本の仏教に大きな影響を与えました。
如来蔵思想の核心的な考え方は以下の通りです。
- すべての衆生に仏性(仏になれる本質)が備わっている
- 煩悩はあくまで外側を覆うものであり、仏性そのものを汚すことはできない
- 修行や悟りを通じて、本来の清浄な本性を顕現させることができる
日本仏教においては、この思想が「本覚思想」として展開されました。天台・真言・禅など多くの宗派に影響を与え、「衆生本来仏なり」という観念の根拠となっています。
現代では、この思想がインドの「アートマン(自我)」思想との関係や、「無我」を基本とする仏教の他の教えとどう整合するかについて、研究者の間で多様な議論が続けられています。
使い方・例文
「如来蔵思想では、どれほど煩悩にまみれた人間でも、内側には仏性という清浄な本質が宿っていると説く」といった仏教解説の文脈で登場します。
この用語をシェア
最終更新: