吉田茂とは?
よしだしげる
吉田茂は、戦後日本の再建を主導した外交官出身の政治家で、サンフランシスコ講和条約を締結した首相として知られます。
吉田茂(1878〜1967年)は、外交官として長いキャリアを持ち、戦後日本の首相として国家再建を主導した政治家です。イギリス大使なども歴任した親英米派の外交官であり、戦時中は対米英開戦に反対したことで知られています。
終戦後の1945年、外務大臣に就任し、翌1946年に日本自由党総裁として初めて首相の座に就きます。その後、片山哲・芦田均内閣を挟んで再登板し、1948年から1954年まで通算5次にわたる長期政権を維持しました(第二次〜第五次吉田内閣)。
在任中の主な業績として以下が挙げられます。
- 1951年のサンフランシスコ講和条約調印による日本の主権回復
- 同日調印の日米安全保障条約による日米同盟の基礎確立
- 軽武装・経済優先の「吉田ドクトリン」の実践
- 朝鮮戦争特需を活用した経済復興路線の推進
「ワンマン宰相」と呼ばれた強引な政治手法と独特の毒舌で知られ、「バカヤロー解散」(1953年)のエピソードは有名です。その外交・安全保障路線は後継の保守政治家に引き継がれ、「吉田学校」と称される政治家群を育てました。
使い方・例文
「吉田茂の軽武装・経済重視路線は、戦後日本が高度経済成長を実現するための政治的基盤を整えた」という形で、戦後日本の政治・外交史を語る際に使われます。
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